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高松地方裁判所観音寺支部 昭和43年(ワ)27号 判決

原告

岬元子

ほか二名

被告

詫間陸運株式会社

ほか一名

主文

(一)  被告詫間陸運株式会社は、

(1)  原告岬元子に対して、金六八万三、六五〇円およびこれに対する内金五六万三、六五〇円については昭和四一年一二月一日から、内金一二万円については昭和四六年九月七日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を、

(2)  原告岬茂治に対して、金五二万二、〇三五円およびこれに対する昭和四一年一二月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、

(3)  原告岬ナヲに対して、金二〇万円およびこれに対する昭和四一年一二月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

(二)  原告らの被告詫間陸運株式会社に対するその余の請求および被告尾崎一重に対する請求はいずれもこれを棄却する。

(三)  訴訟費用中、原告らと被告詫間陸運株式会社との間に生じた分は、これを五分し、その四を原告らの、その余を被告詫間陸運株式会社の各負担とし、原告らと被告尾崎一重との間に生じた分は、原告らの負担とする。

(四)  この判決の第一項は、仮に執行することができる。ただし、被告詫間陸運株式会社が原告岬元子に対して金二五万円、原告岬茂治に対して金二〇万円、原告岬ナヲに対して金七万円の担保を供するときは、その原告に対して、右仮執行を免れることができる。

事実

(当事者の求めた裁判)

「原告らは(一)被告らは各自、(1)原告岬元子に対し、金四七二万〇、七〇四円およびこれに対する内金四四七万〇、七〇四円については昭和四一年一二月一日から、内金二五万円については昭和四六年九月七日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を、(2)原告岬茂治に対し、金二五二万〇、五二七円およびこれに対する昭和四一年一二月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、(3)原告岬ナヲに対し、金二六七万〇、五二七円およびこれに対する昭和四一年一二月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。(二)訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決並びに右(一)の部分につき仮執行の宣言を求め、被告らは「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求めた。

(当時者の主張)

第一原告らの請求原因

一  事故の発生

原告らの被相続人岬茂(以下茂という。)は、昭和四一年一二月一日午前一時三〇分ごろ、安藤洋(以下安藤という。)運転の大型貨物自動車(香一い一四―二五号、以下加害車という。)の助手席に同乗し、高知県高岡郡中土佐町久礼坂八合目附近道路(国道五六号線)に差しかかつた際、反対方向から進行して来た自動車と離合するため、後退運転後前進しようとしたとき、加害車の左後輪が道路左端下に脱輪して約五〇メートル下の谷間に転落し、その衝撃により頭蓋骨々折の重傷を受け、その結果同日午前二時三五分ごろ同郡窪川町仁居田七七一番地の二医師武田勇方において右傷害により死亡した。

二  運転手安藤の過失

右事故は、運転手安藤の次のような過失に起因する。すなわち、安藤は、加害車を運転し、前記場所に差しかかつたとき反対方向から進行して来た自動車と離合するため一旦停車し、後退運転をしようとした際、助手席に同乗していた茂を下車させて後方の安全を確認させる注意義務を怠り、単に茂をして運転台の助手席左窓から後方を見させたのみで漫然時速約五キロメートルで後退運転をしたため、加害車後輪と道路左側端との間に殆んど余地がないことに気付かず、後退運転後前進しようとした際、加害車左後輪を道路左端下に脱輪させ、よつて加害者を約五〇メートル下の谷間に転落させて本件事故を発生させたのであるから、安藤の過失は明らかである。

三  被告らの責任

被告尾崎は、加害車を所有してこれを自己のため運行の用に供し、その運行上の利益配分を受けていた。被告詫間陸運株式会社(以下被告会社という。)は、加害車を使用して同会社の業務の執行中に本件事故を発生させた。安藤は、自動車運転手として被告会社に雇われ、加害車の運転業務に従事中、前期過失に基づき本件事故を発生させた。従つて、被告尾崎は自動車損害賠償保障法(以下自賠法という。)第三条本文により、被告会社は民法第七一五条第一項本文によりそれぞれ本件事故により蒙つた原告らの損害を賠償すべき義務がある。

四  損害

(一) 茂の得べかりし利益喪失による損害

茂は、事故当時、被告会社の自動車運転手として勤務し、その月間支給される現金給与平均額(昭和四一年六月から同年一一月までの六ケ月間の平均)は三万二、七〇六円であり、毎年期末に現金支給される手当金額は年間三万四、一〇七円であつたから、年間の現金収入は合計金四二万六、五七九円であり、月平均三万五、五四八円の収入を得ていた。そして、茂、原告岬元子(以下原告元子という。)の夫婦二人の生活費は月平均合計一万八、〇〇〇円であり、その内茂の生活費は月平均一万円であつた。よつて右生活費を控除した茂の月間純収入は二万五、五四八円である。茂は、事故当時満二九才であつたから、その平均余命(四〇・九八年)の範囲内で、なお三四年間は稼働可能であり、その間右額を下らない収益をあげ得た筈である。そこで、その間の茂の得べかりし利益の総額につき、ホフマン式計算法によつて年五分の割合による中間利息を控除して茂の死亡時におけるその現価を求めると金六〇八万二、一〇八円となる。

(二) 原告らの相続

昭和四一年一二月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

第二被告らの答弁

一  請求原因一項はこれを認める。

二  同二項は否認する。

三  同三項のうち、本件事故が被告会社の業務の執行中に発生したこと、安藤が自動車運転者として被告会社に雇われ加害車の運転業務に従事中本件事故が発生したことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

四  同四項(一)のうち茂が被告会社の自動車運転手として勤務し、月間支給される現金給与平均額が金三万二、七〇六円であつたことおよび事故当時茂が満二九才であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。同(三)のうち原告元子が茂の妻であり、原告茂治、同ナヲが茂の父母であることは認めるが、その余の事実は争う。同(三)は認める。同(四)(五)はすべて争う。

五  同五項のうち原告元子が本件事故により労働者災害補償保険法による遺族補償費および葬祭費として合計金五七万〇、三五〇円の給付を受けたことは認めるが、その余は争う。

六  同六項は争う。

第三被告らの主張および抗弁

一  本件加害車の所有者は、被告会社である。被告尾崎は、被告会社の株主であり、監査役であるにすぎない。

従つて、原告主張のように、同被告において、本件加害車の運行上の利益配分を受けていたとはいえないので、同被告が自賠法の保有者責任を負ういわれはない。

二  茂は、自賠法第二条第四号により同法第三条の「他人」に該当しないし、民法第七一五条の「第三者」にも該当しない。従つて、茂およびその相続人である原告らの被告らに対する本件損害賠償請求は理由がない。すなわち、

(一)(イ) 右茂および安藤は、いずれも、大型貨物自動車の運転免許を有し、被告会社で自動車運転手として勤務していた。

(ロ) 被告会社が、右両名を、本件加害車に乗車させたのは、茂を正運転手とし、安藤を運転助手としたためである。というのも、安藤は、当時、年令二二才で、大型貨物自動車の運転免許をとつたのが昭和四〇年一一月であり、一年位の運転経験しかなかつたのに比し、茂は、当時、年令二九才で大型貨物自動車の運転経験は五年以上であつて、その技術に信頼がもてたからである。けれども、夜間の長距離運転であるから、運転を交替する必要があり、その場合には、運転しない者が運転助手の仕事をするよう指示しておいた。

(ハ) 被告会社は、運転手および運転助手に対し、交通安全の心得、交通安全教育の手引などのパンフレツトを配布し、これに基づく講義をするとか、各種交通事故の例を示して、その原因を討議するとか、その他交通安全のために徹底した指導教育をしている。

(ニ) 被告会社は、後退運転する場合における指導について、運転補助者が誘導すること、そして、その場合には、運転補助者は、必ず下車して、運転手からみえる位置に立ち、笛を用いて合図することにし、運転手、運転助手に笛各一個宛を支給していた。

(二)(イ) 本件事故は、反対方向から進行してくる大型貨物自動車と離合しようとして後退運転中に発生したものである。

(ロ) 本件事故現場は、高知県高岡郡中土佐町久礼坂八合目の国道五六号線の右曲り地点であり、一、〇〇〇分の三二の上り勾配になつている幅員約六メートルの非舗装道路上であり、後退運転には極めて危険な場所であつた。

(三) 前記のとおり、茂は、本件自動車の運転については、事故直前に運転していたのは安藤であつたとしても、正運転手として、指導監督者的立場にあり、安藤の職責を全うせしめ、自らも、運転補助者としての職責を全うすべき義務があつたのである。しかるに、前記のように極めて危険な場所での後退運転をするに際し、下車せず、運転台の左窓から後方をみたのみで、安藤をして、後退運転せしめたことから、左後輪を脱輪させる結果となり、本件の事故が発生したものである。もし、右茂が下車して運転手のみえる地点に立ち、笛などを用いて、誘導する方法をとつたならば、本件事故は発生しなかつたと思われるし、少くとも、下車している茂が死亡するという事態は発生すべくもなかつたのである。かように、右茂は、自己の重大な過失により、その生命を失つたものというべく、このような職務上の義務に背く重過失がある者は、公序良俗の点からみても、保有者責任ないし使用者責任を追求し得ない。

三  仮に、被告尾崎が自賠法第三条本文の保有者にあたるとしても、本件事故は、前記のとおり茂の過失に基づくもので、安藤に過失はないところ、被告尾崎に安藤の選任監督について過失はないし、本件加害車に機能上、構造上欠陥はなかつた。従つて、被告尾崎には損害賠償義務はない。

四  仮に、本件事故および損害の発生が被告会社にとつて、民法第七一五条第一項前段の「事業の執行につき第三者に加えた損害」にあたるとしても、被告会社は、前記のとおり「被用者である安藤らの選任、および事業の監督につき相当の注意をなした」ものであり、また「相当の注意をなしても損害が生ずべかりしとき」にあたる。従つて、被告会社には損害賠償義務はない。

五  仮に、以上の各主張が認められないとしても、本件事故については、被害者である茂の過失が極めて大であり、かつ、共に業務執行中の同乗者であつた事情を考慮し、大幅な過失相殺がなされるべきである。

六  原告ら主張の損害について

(一) 茂の生活費は少くても一ケ月金二万円以上とすべきである。

(二) 就労可能年数は、トラツクなどの運転手という仕事の性質上いかに長くみても、満五五才までとすべきである。

(三) 原告元子は、すでに結婚(再婚)しており、慰藉料の請求が出来るかどうか疑問である。仮にそれが可能としても、その額については相当の減額がなされるべきである。

七  労災遺族補償年金の控除

原告らは、次のとおり、すでに、本件事故につき、労災遺族補償年金の支給をうけ、また、将来支給をうけることが確定しているから、いずれも、損害賠償金から控除されるべきである。

(一) 原告らは、訴外岬嘉太郎、同岬ヤクとともに昭和四二年二月二四日合計金四九万八、〇〇〇円、一人当り、金九万九、六〇〇円宛の支給をうけている。(なお、原告らが請求原因で自認しているように原告元子が右訴外人両名の分をも事実上取得したようである。)

(二) 原告茂治および同ナヲは、右訴外人両名とともに、昭和四五年二月一日から同年八月末日までの間に、合計金二七万四、二一三円、一人当り金六万八、九五三円宛の支給をうけている。

(三) 原告茂治および同ナヲは、右訴外人両名とともに、昭和四六年以降死亡するまで、毎年合計金二五万三、五六八円、一人当り金六万三、三九二円の支給をうけることが確定している。

第四被告らの主張および抗弁に対する原告らの答弁

被告らの主張および抗弁事実はすべて否認する。なお、原告茂治は、昭和四六年三月二六日死亡した。

(証拠関係)〔略〕

理由

一  事故の発生

原告らの請求原因一項の事実はすべて当事者間に争いがない。

二  運転手安藤の過失

右の事実に〔証拠略〕を綜合すると、本件事故現場は、高知市から窪川町に通ずる国道五六号線の中土佐町久礼坂八合目附近にあたるが、この道路(巾員約五メートルから六メートル)は山の斜面を切り開いた約一、〇〇〇分の三二の上り勾配(加害者の進行方向から見て。以下同じ。)の道路で、カーブが多く見通しの悪い非舗装の山道であること、事故現場は右にカーブした巾員約六・九メートルの道路で車両の待避所となつているが、右端は山、左端下は約五〇メートルの断がいとなつており、附近には灯火の施設は全くなく夜間は暗いこと、安藤は、須市附近で茂と運転を交替し、加害車(六トン車)の助手席に茂を同乗させ、荷台に冷凍魚約五トンを積載してこれを運転し、高知市から窪川町に向つて前記道路を進行中、昭和四一年一二月一日午前一時三〇分ごろ、事故現場附近道路に差しかかつた際、反対方向から進行して来た大型貨物自動車と離合するため前記待避所の左側部分に停車したところ、その位置では離合ができないので加害車を後退させたうえ離合しようとしたが、加害車は大型車で前記の積荷があり、事故現場附近の道路は前記のような上り勾配であり、また道路左端下は断がいとなつており、しかも当時は夜間であつたから、誘導者なしに道路の左側端に沿つて後退することは極めて危険な状態にあつたにもかかわらず、茂を下車させて誘導させることなく、単に茂をして運転台の助手席左窓から後方を見させただけで時速約五キロメートルで約八メートル後退運転をしたため、加害車左後輪と道路左側端との間に殆んど余地がないことに気付かず、茂から「もう退れん。」といわれて初めてこれに気付いて停車し、前進しようとして直ちにギアをローに入れかえて発進しようとしたときエンストを起し、僅かに自然後退するや、加害車左後輪を道路左端下に脱輪させ、積荷の重量も加わり加害車を約五〇メートル下の谷間に転落させて本件事故を発生させたことの各事実が認められ、右認定に反する証人安藤洋(第一、二回)の証言部分は前記証拠に照らして信用できないし、他に前記認定を覆すに足る証拠はない。

ところで、大型自動車の運転者は、危険な場所および状態に後退運転をしようとするときは同乗者を下車させその誘導により後退し、もつて脱輪などによる事故の発生を未然に防止すべき注意義務がある。しかるに、前記認定の事実によれば、安藤は、右注意義務を怠り、後退運転に際し、極めて危険な状態にあつたのにかかわらず、茂を下車させてその誘導を受けることなく、単に助手席左窓から後方を見させたのみで後退運転をしたため、加害車の左後輪を道路左端下に脱輪させたことが明らかであるから、本件事故発生について安藤に前記注意義務違反があることは明らかである。

三  被告らの責任

(一)  被告会社の責任

安藤が自動車の運転手として被告会社に雇われ、加害車の運転業務に従事し、本件事故が被告会社の業務の執行中に発生したことは当事者間に争いがない。

被告会社は、茂が被告会社の自動車運転手で加害車の本件運転につき正運転手として運転助手の安藤を指導監督すべき立場にありながら、危険な後退運転につきその職責を全うせず、自らの重大な過失により本件事故を発生させたから、茂は民法第七一五条第一項にいう第三者に該当しないし、公序良俗の点からも使用者責任を追求し得ない旨主張する。茂および安藤がともに被告会社の自動車運転手であることは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を綜合すると、被告会社は、加害車の本件運転につき茂を正運転手、安藤を副運転手としていたことが認められる。しかし、民法第七一五条第一項本文では第三者の範囲につき何らの制限を加えていないから、ここにいう第三者とは使用者および加害行為をした被用者以外のすべての者を指称すると解するのが相当であり(最高裁判所昭和三二年四月三〇日判決、民集一一巻四号六四六頁参照。)、本件事故発生について茂に過失があるか否かはとも角として(この点の過失は後記第六項認定のとおり。)、被告会社の被用者である安藤に前記認定のような過失がある以上、被告会社は民法第七一五条第一項本文により使用者として本件事故によつて生じた損害賠償の責任を免れることはできない。

(二)  被告尾崎の責任

原告らは、被告尾崎に対し同被告が加害車の所有者であるとして自賠法第三条本文による賠償を求めるので検討する。〔証拠略〕によると、本件事故当時、加害者の所有名義人は被告尾崎であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。しかしながら、〔証拠略〕を綜合すると、被告尾崎は、昭和三四年ごろから詫間陸運の名称を用い個人で運送業を営んでいたところ、昭和三七年八月ごろから経営不振に陥り、山地里雄(被告会社代表者)から資金の援助を受け、その後は事実上山地と共同経営の形をとつていたが、その実権は右山地が握る結果となつたこと、右山地および被告尾崎は、詫間陸運を株式会社の組織に改め、被告尾崎の詫間陸運の資産および営業権の一切を代金七八七万五、〇〇〇円で株式会社に譲渡し、債務も株式会社が引継ぐことにして、昭和四一年四月二七日被告会社(発行する株式の総数は二万四、〇〇〇株、一株の金額は五〇〇円、発行済株式の総数は六、〇〇〇株で三〇〇万円、取締役は五名で代表取締役二名、監査役二名。)を設立したこと、被告尾崎は、同日加害車を含む資産および営業権一切を被告会社に引渡し、代金を受領したが、加害車を含む自動車一〇台の所有名義は車検の都度被告会社に変更することにしたこと、被告尾崎は、被告会社の株主(八〇〇株で四〇万円)の株主として監査役の地位にあるが、被告会社設立後は同会社の配車係を担当する従業員として勤務し、月額給与四万四、〇〇〇円、年間賞与約四万円と役員手当九、〇〇〇円の支給を受けているほか、何らの利益(株式は無配当)も得ていないこと、被告会社の実権は代表取締役の一人である山地里雄が握つていることの各事実が認められ、右認定に反する被告会社代表者の供述部分は信用できないし、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

以上の事実によれば、事故当時、加害車の所有名義人は被告尾崎であつたことが明らかであるが、被告尾崎は被告会社設立と同時に加害車を同会社に譲渡してその引渡を了していたから実質的には被告会社の所有で、同会社が加害車の運行を支配し、かつ運行の利益を得ていたものであつて、被告尾崎が事故当時加害車の運行を支配し、かつその運行の利益を得ていたとは到底認め難い。他に被告尾崎が加害車の運行供用者にあたることを認めるに足る証拠はない。

従つて、原告らの被告尾崎に対する請求はすでにこの点において理由がないから棄却を免れない。

四  被告会社の民法第七一五条第一項但書の抗弁

〔証拠略〕を綜合すると、被告会社は就業規則を制定しているほか、運転手および助手に対する全般的な指導監督は被告会社代表者山地里雄がこれに当り、毎朝のように運転手、助手に車間距離の保持、追越をしない、運転中眠くなつたら直ちに寝る、長距離運転は二、三時間で運転の交替をする、運転の難所は経験豊かな正運転手がこれに当ることなどの注意を与え、また車両の点検は配車係の方が担当し、点検は運転手各自に責任を持たせ、細かい注意は配車係の被告尾崎がこれに当つていたことが認められるが、右認定程度の配慮をしたからといつて被告会社に安藤の選任監督について欠けるところがなかつたとはいい難く、却つて、配車係の被告尾崎は運転免許すら持つておらず運転および車両の点検などについての知識に乏しかつたこと(被告本人尾崎一重の供述)、および安藤は詫間陸運当時の昭和四一年初めごろ積載違反で処罰されていること〔証拠略〕の各事実が認められるのであつて、これによれば、被告会社は安藤の選任監督について相当の注意を尽さなかつたものといわざるを得ないし、また本件事故が被告会社において「相当の注意なしても損害が生ずべかりしとき」あたるとの証拠もないから、被告会社の右抗弁は採用できない。

五  茂の得べかりし利益の喪失による損害

茂が被告会社に自動車運転手として勤務し、一ケ月平均三万二、七〇六円の給与の支給を受けていたことおよび事故当時茂が満二九才であつたことの各事実は当事者間に争いがない。そして、〔証拠略〕を綜合すると、茂は事故当時被告会社から前記給与に賞与(賞与の年額金三万二、六四七円)を含め年間金四二万五、一一九円の収入を得ていたこと、茂は事故当時満二九年六月余(昭和一二年五月二九日生)の健康な男子であつたこと、茂の生活費は年間金二四万円(月額二万円)であつたこと、被告会社における従業員の停年は満六〇才であることの各事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

ところで、満三〇才(茂は事故当時満二九年六月余であつたから満三〇才とみる。)の男子の平均余命は四〇・九〇年であるから(厚生大臣官房統計調査部作成第一二回生命表)、茂が本件事故に遭遇しなければ、なお右平均余命年間生存し得たものと推認され、かつ、茂の職業・健康状態から考えるならば、今後停年に達するまでの三〇年間は被告会社において稼働可能と考えられ、したがつて、今後三〇年間にわたり少なくとも前記一年間の収入から生活費を控除した金一八万五、一一九円の純益を得ることができたものと推認することができる。

したがつて、茂の死亡によつて喪失した三〇年間の利益の現在価値をホフマン式計算法により一年ごとに前記純益金一八万五、一一九円が生ずるものとして算出すると、金三三三万七、五六五円(円未満切り捨て、以下同じ。)となる。

185,119円×18.0293=3,337,565円98銭

六  過失相殺

〔証拠略〕によると、安藤は、本件事故現場で後退するに当り、運転交替後助手席で仮眠中の茂を起し、後方の確認を指示したが、下車して確認することまでは言葉に現わさなかつたこと、茂は、本件事故現場での後退運転が前記第二項認定のように極めて危険な状態にあつたのに、後方確認の指示を受けながら、加害車の正運転手で当時助手的立場にあつたのに下車して誘導することなく、運転手にとつては死角となる左後方を助手席左窓から見たのみで後退運転をさせたため、加害車の左後輪と道路左側端との間に殆んど余地がなくなつているのに気付かず、脱輪の寸前に至つてようやくこれに気付き「もう退れん。」と言つて停車させて左後方の確認を誤り、その結果本件事故を発生させたこと、被告会社では後退運転をするときは助手的立場にあるものが下車して誘導し後退をさせるのが通例であつたこと、被告会社は、運転手および助手に対し、自動車を後退させるときは助手的立場にある者が下車し、その誘導により後退させるよう指導し、各人に笛一個宛を支給していたこと(もつとも、運転手や助手がその笛を使用していたかどうかは別として。)が認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

ところで、前記認定のように極めて危険な状態で後退運転をするに当つて、運転手から後方確認の指示を受けた助手的立場にある者は、必ず下車して後方の安全を確認しながら誘導し、もつて脱輪などによる事故の発生を未然に防止すべき注意義務がある。しかるに前記認定の事実によれば、茂は、右注意義務を怠り、単に助手席左窓から左後方を見ただけで後退運転をさせ、その結果前記本件事故を発生させたのであるから、本件事故発生について被害者茂に前記注意義務違反があること明らかである。

そこで、茂の右過失と前記第一項認定の安藤の過失とを比較考慮すると、本件事故発生についての茂と安藤の過失の割合は、ほぼ五対五とみるのが相当である。

そうすると、前項の損害のうち被告会社に負担させるべき額はほぼその二分の一にあたる金一六六万八、〇〇〇円をもつて相当と認める。

七  原告らの相続

原告元子が茂の妻であり、原告茂治、同ナヲが茂の父母である事実は当事者間に争いがないから、原告らは茂の共同相続人として前記茂の損害のうち、原告元子はその二分の一にあたる金八三万四、〇〇〇円、原告茂治、同ナヲはそれぞれその四分の一にあたる金四一万七、〇〇〇円宛をそれぞれ相続により取得したことが明らかである。

八  原告ナヲの損害(葬式費用)

原告ナヲが茂の死亡による葬式費用として金一五万円を支出した事実は当事者間に争いがない。

そこで、茂の前記過失を斟酌し、右金額のうち被告会社に負担させるべき額はその二分の一にあたる金七万五、〇〇〇円をもつて相当と認める。

九  原告らの慰謝料

〔証拠略〕を綜合すると、原告元子(昭和一三年一〇月一九日生)は、昭和四〇年二月二八日茂と結婚して同年三月三一日婚姻の届出をし、円満な家庭生活を営み、事故当時妊娠六ケ月であつたが、本件事故によるシヨツクのため昭和四一年一二月二〇日妊娠六ケ月で早産(流産)したこと、原告茂治、同ナヲは、四男の茂とは別居していたが、茂から生活費として毎月平均四、〇〇〇円から五、〇〇〇円宛の仕送りを受け、やさしい性格の茂の将来を楽しみにしていたこと、原告元子は、その父母や原告茂治、同ナヲのすすめにより昭和四三年五月二七日茂の実弟岬健(昭和一五年六月二三日生)と婚姻をし、円満な夫婦生活を送つていることの各事実が認められる。そして、原告らが夫であり息子である茂の事故死により多大の精神的苦痛を蒙つたであろうことは推測に難くない。

右の各事実に前記加害者および被害者双方の過失その他本件に現われた一切の事情を考慮すると、原告元子に対する慰謝料は金三〇万円、原告茂治、同ナヲに対する慰謝料はそれぞれ金二〇万円と定める。

なお、被告会社は、原告元子が再婚したことを理由に同原告に対して慰謝料を認めることは疑問である旨主張するが、慰謝料は、不法行為による非財産的損害に対する賠償の手段であつて、その損害は主として被害者が不法行為によつて蒙つた精神的肉体的苦痛(その苦痛には一時的なものと継続的なものがある。)を緩和軽減し、または消除するために支払われる金銭である。そして、慰謝料は、本来ならば不法行為時における被害者および加害者の側における諸般の事情を斟酌して算定さるべきものであるが、示談・訴訟などで慰謝料の確定が遅れるとその後の事情も合せて斟酌されることになる。ところで、不法行為により最愛の夫を失つた被害者である妻がその後他の男性と再婚することによつて苦痛(主として継続的な苦痛。)がいくらか緩和軽減されることは否定できないから、これも慰謝料算定にあたり斟酌すべき事情にあたる。しかしながら、不法行為によつて蒙つた被害者の精神的肉体的苦痛が被害者のいわば偶然的な再婚によつてすべて消除されるとは到底考えられないから、被告会社の右主張は採用できない。

一〇  損害の補填

(一)  原告元子が本件事故により労働者災害補償保険法による遺族

補償費および葬祭費として金五七万〇、三五〇円の給付を受けた事実は当事者間に争いがなく、右金員を原告元子の前記各損害に充当したことは原告らの自認するところである(原告らは葬祭費も損害に充当したことを自認するのでこれに従うことにする。)。そこで、右補償費の性質に従い右金員を前記第七項の損害金八三万四、〇〇〇円に充当すると、原告元子の前記第七項および第九項の損害の残金は金五六万三、六五〇円となる。

(二)  次に、被告会社の原告茂治、同ナヲに対する抗弁について検討する。〔証拠略〕を綜合すると、原告茂治、同ナヲは、茂の死亡による遺族補償年金として、昭和四五年二月から八月までに一人当り金六万八、五五三円宛の給付を受けたこと、原告ナヲ(同人は、明治三八年一一月一日生で、昭和四六年一月一日現在満六五才。)は、昭和四六年以降死亡に至るまで少なくとも年額六万三、三九二円の前記年金の給付を受けることが確定していること、原告茂治は、昭和四六年三月二六日死亡したが、同年二月および五月に合計金二万六、四一二円(観音寺労働基準監督署に対する第二回調査嘱託の結果によると、前記年金は毎年二月、五月、八月、一一月の四回に分割され、二月に給付されるのは前年の一一月、一二月、当該年の一月の三ケ月分、五月に給付されるのは当該年の二月、三月、四月の三ケ月分であるから、死亡までに五ケ月分が給付されたと認められる。)の給付を受けているが、それ以降は死亡により給付されないことの各事実が認められ、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

ところで、満六五才の女の平均余命は一五年(前記生命表によると、一四・五六年であるから一五年とみる。)であるから、原告ナヲは今後一五年間にわたり少なくとも年額金六万三、三九二円の前記年金の給付を受けることが確定しておるので、この利益の現在価値をホフマン式計算法により一年ごとに前記金六万三、三九二円が生ずるものとして算出すると、金六九万六、〇九四円となる。

63,392円×10.9808=696,094円87銭

そこで、原告茂治が給付を受けた前記年金の合計金九万四、九六五円、原告ナヲが給付を受けまた将来給付を受けることが確定している前記年金の合計金七六万三、六四七円は、いずれも被害者である茂およびその家族の蒙つた財産上の損害を填補するために給付されるものである(慰謝料に充当されない性質を有することの趣旨については、最高裁判所昭和三七年四月二六日判決、民集一六巻四号九七五頁参照。)から、原告茂治の右金員を前記第七項の金四一万七、〇〇〇円に、原告ナヲの右金員を前記第七項第八項の合計金四九万二、〇〇〇円にそれぞれ充当するのが相当である。

そうすると、原告茂治の前記第七項の残金は金三二万二、〇三五円となり、原告ナヲの前記第七項第八項の損害はすべて補填されたことになる。

一一  原告元子の損害(弁護士費用)

〔証拠略〕を綜合すると、原告らは、被告会社に対して本件不法行為による損害賠償を請求したが、被告会社が任意にこれに応じなかつたので、やむなく本訴を提起することになり、原告ら訴訟代理人弁護士徳田恒光に訴訟を委任したこと、原告元子は、右弁護士に、原告らの右弁護士に対する着手金として本訴提起前に一〇万円を支払い、判決言渡の日に成功報酬として勝訴額の一割を支払う約束をしたことの各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

そこで、本訴における請求額、事案の難易、前記認容額等を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係にある弁護士費用は、着手金および成功報酬金を含め合計金一二万円をもつて相当と認める。

一二  むすび

よつて、原告らの請求中、被告会社に対して、(一)原告元子が金六八万三、六五〇円およびこれに対する内金五六万三、六五〇円については本件不法行為の日である昭和四一年一二月一日から、内金一二万円についてはこの判決言渡の日である昭和四六年九月七日からそれぞれ支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、(二)原告茂治が金五二万二、〇三五円およびこれに対する前記昭和四一年一二月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、(三)原告ナヲが金二〇万円およびこれに対する前記昭和四一年一二月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める部分は理由があるから正当としてこれを認容し、その余の部分および被告尾崎に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条第九三条を、仮執行の宣言およびその免脱の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口茂一)

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